東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)147号 判決
(争いのない事実)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本件考案の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、本件当事者間に争いがないところである。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
二 本件審決は、以下に説示するとおり、第一引用例に「後面フランジ全体が単一色の着色不透明である」テープ用リールが記載されていない旨誤認し、ひいて、本件考案は第一引用例に記載されたものと同一であると認めることはできないとの誤つた結論を導いたものであつて、違法として取り消されるべきである。
前示本件考案の要旨に成立に争いのない甲第一号証の二(登録実用新案審判請求公告公報)によれば、本件考案は、磁気テープ等用リールに関する考案であつて、従来、この種のリールには、フランジが両面共に透明なものやアルミ板等でフランジを作り、これに窓を設けたものがあり、また、単一色のリールや前面フランジが透明で後面フランジが無着色で無色又は白色とされ、リールのハブ前面に色識別部材、すなわち、リング状ラベル等の色識別リングを取り付けたリールがあつたが、フランジに窓のあるリールにはゴミが窓から侵入してドロツプアウト(信号再生低下)の原因となるという欠点があり、単一色のリールには電子計算機のデータ資料を色分けにより分類して保管することができないという欠点があり、また、右の色識別リングを取り付けたリールには色識別リングを取り付けることに伴う種々の欠点、具体的には、<1>リール(テープ)をコンテナに入れたときには、色識別リングの部分がコンテナロツク部分に隠れて外部からの識別が不可能となる、<2>リールの前方からの識別はできるが、後方からの識別は不可能であり、また、色識別リングの幅が狭いので、遠くからの識別は不可能である、<3>色識別リングは、リールが回転中にはがれるおそれがあり、はがれた後は全く色識別が不可能となる等の欠点があつたことから、本件考案は、これら従来のリールの欠点を排除することを目的とし、本件考案の要旨のとおりの構成を採用したものであること、本件考案の構成中、「後面フランジがテープ内容に応じてそれぞれ異色の窓なし着色不透明となされ……後面フランジがそれぞれ異色に着色コード化されていることによりテープ内容を分類可能とした……磁気テープ等用リール」とは、後面フランジ全体が単一色の着色不透明であり、かつ、その色がそれぞれのリールで異なつている複数の磁気テープ等用リールを組とするという構成を意味するものであること、及び本件考案は、右構成を採用したことにより、他の構成と相まつて、従来の磁気テープ等用リールのもつ前記諸欠点を解消することができ、テープ操作中のテープの差込状態の確認をすることができるとともに、テープ使用量の増減監視を後面フランジの着色面積の変化で容易に行うことができ、かつ、後面フランジの着色をテープ内容に応じて異なる色とすることにより、色コード識別を行うことができる等所期の効果を奏し得たものと認められる。他方、第一引用例(甲第一一号証の一)が本件考案の実用新案登録出願前に日本国内において頒布された刊行物であること、並びに、第一引用例に当時の日本電信電話公社の中央統計所長宮本氏とコンピユートロン社の販売、管理を担当していたオレアリー氏との「磁気テープの問題点を探る」と題する対談記事が掲載されていることは、被告の明らかに争わないところである。
ところで、本件審決は、第一引用例には、「前面フランジが窓なし透明であり、後面フランジ全体が単一色の着色不透明であるテープ用リール」が記載されているものと断定することはできない旨認定判断しているところ、原告は右認定判断を争うので、この点について検討するに、成立に争いのない甲第一一号証の一によれば、右対談記事の「リールの素材と構造」と題する欄には、宮本氏が、「私共の会社で、昨年六月から本年一月にかけてコンピユートロンを実際使用いたしましたので、……話を進めたいと思います。まず、……リール……について各々長所、短所を申し上げます。」と述べたうえで、コンピユートロン・テープリールの長所について、「コンピユートロン・テープのクール(これは、本件審決が指摘するとおり、「リール」の誤記と認める。)は透明で、テープの巻かれている状態がきちんと巻かれているか、折れ曲つていないか一目でわかり、……たいへんよいと思います。」と、また、その短所について、「透明であるのでクール(これも、同じく「リール」の誤記と認める。)のカラー・コントロールができない欠点もあるが、これに対してどのようにお考えですか。」と述べていることが、更に、「コンピユートロン・テープ・リールは窓がなく、操作上はテープを傷つけないのでたいへんよいと思いますが……窓がないと巻ける状態がよくないという人もあるのですが、この点いかがでしよう。」とも述べていることが認められ、一方、オレアリー氏は、宮本氏がコンピユートロン・テープリールの短所として指摘した右の点について、「リールの表面は透明になつているが、裏面はブルー、グレー、レツド、イエローetc.、いろいろのカラーがある。」と答えていることが、また、リールの窓の点については、「窓がなくてもなんら問題はありません。」と答えていることが認められ、両者のこのような一連の発言内容及び話題の流れと前認定説示した本件考案の従前技術、すなわち、リールのハブ前面にリング状ラベル等の色識別のリングを取り付けることによつてテープ内容の分類、識別が行われていたという事実を考慮すると、宮本氏の右発言中「リールのカラー・コントロール」とは、テープ用リールを複数色に色分けし、それを複数個用いることにより、テープの記録内容を分類、識別可能にするという技術を意味するものと解され、宮本氏もそのような趣旨で右用語を使用したものであることを理解するに十分であり、また、オレアリー氏の右発言中、リールの「表面」、「裏面」とは、リールの前面フランジ、後面フランジを意味するものと認められ、この点の宮本氏の発言をもつて、前面フランジが透明で、後面フランジが種々の色に着色されたリールにより、カラー・コントロールができない欠点がある旨述べたものとは到底解することができず、以上のことを総合すると、第一引用例には、宮本氏の使用経験に基づく発言に係る、前面フランジが透明で、前面及び後面フランジに窓がなく、かつ、カラー・コントロールができないという欠点を有するテープリールのほか、オレアリー氏の発言に係る、前面フランジが透明で、前面及び後面フランジに窓がなく、カラー・コントロールをなすために後面フランジを着色したテープリールの二つが開示されているものと認められる。そして、右のオレアリー氏の発言中には、右発言に係るリールの後面フランジの着色の態様について触れた発言がないことから、その態様としては、一応、後面フランジの一部又は全部が単一色に着色されている場合と複数色に着色されている場合とが想定されるものの、第一引用例記載の対談記事中には、右リールの後面フランジの着色の態様について、後面フランジの一部だけを単一色に着色したものであるとか、後面フランジの一部又は全部を複数色に着色したものであるとかいうような特殊な着色の態様を採用したものであることをうかがわせるに足りる発言や事情は全く認められず、また、カラー・コントロールをするための手段として、後面フランジを着色したテープリールを用いる場合に、後面フランジの一部だけを単一の色に着色したテープリールを用い、あるいはフランジの一部又は全部を複数色に着色したテープリールを用いることにフランジ全体を単一色に着色したテープリールを用いるのとは異なつた格別の技術的な意味が存するものとも認められず、更に、成立に争いのない甲第一一号証の六及び七並びに甲第一一号証の六を撮影した写真であることに争いのない甲第一二号証によれば、前記対談のなされた当時発行された「computers and automation」第一四巻第四号(一九六五年四月号)の表紙より三頁目には、ハブの周辺部と後面フランジの外周部に二本の赤色の線が見えるコンピユートロン・テープリールの広告写真が掲載されていることが認められ、この写真によれば、右二本の赤色の線は、赤色に着色された後部フランジの捲回されたテープに遮蔽されない部分が透明な前面フランジを通して見透かされたものであると推測することもできるところ、叙上の事実をふまえて前記オレアリー氏の発言をみると、右発言に係るコンピユートロン・テープリールの後面フランジは、フランジ全体が単一色に着色されているものと解するのが相当である。なお、前掲甲第一一号証の一によれば、第一引用例には、前記のオレアリー氏の「リールの表面は透明になつているが、裏面は……いろいろのカラーがある。」旨の発言に続いて、宮本氏が、「裏面のカラーは、そのテープが稼動しているときに、なんら意味をなさないように思いますが……」と質問していること、及びオレアリー氏が右質問に応じて、更に、「そのためには裏面に付けるカラー・マークも用意されているし、また、最新のサターン・リングでは、表面にカラー・リングが付けられるようにしてあります。」と述べていることが認められるが、右の宮本氏の質問は、コンピユートロン・テープリールには、カラー・コントロールを可能とするために後面フランジを種々の色に着色したリールがある旨のオレアリー氏の前記応答を受けて、そのようなテープリールを宮本氏なりに想定してなされた質問であつて、右質問に至るまでの話題の流れや、その内容、更には、右質問がテープの稼動状態に限定してなされていることから、その質問の趣旨は、リールにテープが相当量捲回された状態でコンピユーターに装着されて稼動している状況においては、後面フランジは捲回されたテープによつて見通しが遮蔽されることから、このような場合には、後面フランジが着色されていても、テープのカラー・コントロールに役立たないのではないかという疑問を述べた点にあるものと解するのが相当であり、また、オレアリー氏の前記応答も、このような場合に、テープリールに捲回されたテープの内容の識別を更に容易にするための方策(手段)として、その前面に付ける(右オレアリー氏の発言中「裏面」とは「表面」の誤りと認められる。)カラー・マーク等も用意してある旨述べたものと解するのが相当であるから、両者の右発言は、オレアリー氏の発言に係る前認定のコンピユートロン・テープリールの後面フランジ全体が単一色に着色されていることと何ら矛盾するものではなく、前認定判断を左右するに足りる発言と解することはできない。そして、前示のオレアリー氏の「前面フランジは透明になつているが、裏面は……いろいろのカラーがある。」との発言においては、前面フランジが透明であることと後面フランジが着色されていることを対置しており、しかも、前掲甲第一一号証の一(第一引用例)を精査するも、第一引用例には、オレアリー氏の発言に係るテープリールの後面フランジが着色透明のものであることをうかがわせるに足りる事情は認められないから、右フランジは着色されることにより不透明になつているものと推認するのが自然である。また、前面フランジが透明で後面フランジが不透明であれば、内部の捲回されたテープを見透かすことができ、かつ、テープの捲込、捲きほぐれに応じて後面フランジの見透かせる着色面積部分が変化することにより、捲回されたテープ量を判別することができるということは当然のことであるから、このような構成は前示オレアリー氏の発言に係るテープリールも当然具備しているものと認められ、更に、カラー・コントロールの手段として後面フランジが種々の色に着色された複数のリールが存するということは、それらを組として用いることによりテープ内容の分類及び識別に利用し得るということであつて、前示オレアリー氏の発言に係るテープリールにもこのような要件は開示されているものと認められる。
叙上の事実を総合すると、第一引用例には、前面フランジが窓なし透明となされ、内部に捲回されたテープを見透すことができ、後面フランジが窓なしでそれぞれ異色に着色コード化されていることにより、テープ内容を分類可能とした、複数の磁気テープ用リールを組とした磁気テープ用リールが開示されているものと認められる。被告は、乙第三号証、第四号証の一ないし三、第六号証ないし第八号証を挙示して、プラスチツクを原料として、例えば、食器、容器等を多色成形する技術は、現に昭和四〇年以前に存在し、普及されていたから、着色リールを作るために部分的な着色成形又は複数色の着色成形をすることは技術的に可能であつたし、品質面、コスト面で妥当でないとはいえない旨主張するところ、成立に争いのない前掲乙号各証によれば、本件考案の実用新案登録出願当時、プラスチツクの成形技術の分野において、二色ないしそれ以上の多色の成形物の成形方法が開発されていたことが認められるから、前記対談がなされた当時、フランジの一部又は全部を複数色に、また、フランジの一部のみを単一色に着色したテープリールを作ることが不可能であつたと断ずることはできないが、右技術が当時既にテープリールの製造に利用されていたと認めしめるに足りる証拠はないから、右事実をもつてしても、前記リールの後面フランジの全体が単一色に着色されているとの前認定を左右することはできない。また、被告は、宮本氏の前記「裏面のカラーは、そのテープが稼動しているときに、なんら意味をなさないように思います。」との発言及びオレアリー氏の「そのためには」、「カラー・マークも用意されている」旨の発言をとらえて、そこで話題にされているコンピユートロン・テープリールは、その裏面全体、すなわち、後面フランジ全体が着色されているものとは推定し難いと判断するのは当然すぎることである旨、また、第一引用例記載の対談における「リールの表面」又は「裏面」が「前面フランジ」又は「後面フランジ」の意味であると解しても、第一引用例記載のコンピユートロン・テープリールに関する被告の理解は、後面フランジの裏面が部分的に彩色されているようなリールにしか及ばない旨主張するが、両氏の右各発言は、右コンピユートロン・テープリールの後面フランジの全体が単一色に着色されているということと矛盾するものではなく、また、右発言が右の認定を左右するものでないことは前認定説示のとおりであつて、被告の右主張はいずれも採用することができず、他に、被告の右主張を認めしめるに足りる証拠はない。
そうであるとすれば、本件考案は、第一引用例に記載されたものと同一というべきであり、したがつて、本件考案は第一引用例に記載されたものと同一であるとは認められないとした本件審決は、その認定判断を誤つたものというべきである。
(結語)
三 よつて、本件審決を違法としてその取消しを求める原告の本訴請求は、その余の点について判断をするまでもなく理由があるから認容することとする。
〔編註〕 本願考案の要旨は左のとおりである。
前面フランジが窓なし透明となされ、内部に捲回されたテープを見透すことが出来、後面フランジがテープ内容に応じてそれぞれ異色の窓なし着色不透明となされ、テープの捲込、捲ほぐれに応じて後面フランジの見透せる着色識別コード面積部分が変化することにより捲回されたテープ量を判別出来ると共に、後面フランジがそれぞれ異色に着色コード化されていることによりテープ内容を分類可能としたことを特徴とする磁気テープ等用リール。